みさきのらくがき帳

ここはみさきさまの脳内だ

【家族バトル】ボンボン・ショコラ争奪戦に惨敗したJKの話 〜前編〜

ある日のこと。

いつも通り帰宅した我が家には、
いつもと違うオーラを放つ存在が
待ち受けていた。


ボンボン・ショコラだ。


どこの誰が届けてくれたのだろうか。日常に突如として舞い降りた幸せのお菓子。4人がけの使い古されたダイニングテーブルには明らかに不釣り合いなその姿を見て、わたしは身震いした。




今宵、闘いの火蓋が切られる。




ママ、
普段より肌艶がいいね。
気持ちよさそうにオペラを歌い上げながら、小気味よいリズムで包丁を扱っている。
おそらくママがさいしょにこの幸運の存在を知ったのだろう。相当に準備をしているに違いない。


パパ、
今日は帰りがいつもより早いね。
パパのスキル
ポーカーフェイス
が発動している。
それくらいわたしにもわかるよ。だって新聞に落とすその真剣な眼差しは日本経済を憂いたからじゃないもの。


お兄ちゃん、
まだ帰宅途中なのかな。
おそらくお兄ちゃんが口火を切って戦いは激化する。お兄ちゃんのペースに巻き込まれてはダメ。周りのわたしたちが焦っちゃうと、それはもうお兄ちゃんの思う壺だね。




わたしはどうだろう。




頬は紅潮し、鼓動は早く、
それでも昂まる気持ちを抑えている。


思い出して、8ヶ月前おばあちゃんのおうちで戦って負けたことを。
すっごく悔しかったな。手も足も出なかった。
わたしは知らなすぎたの、なにもかもを。








ボンボンショコラは、「中身のはいった一口サイズのチョコレート」だ。家族でこのチョコレートを食べるとき、例えば12個入りを4人家族で食べるなら3つずつ仲良く分けることとなる。
しかし、ボンボンショコラの中身は多種多様だ。同じ味を均等に分けることは不可能なのである。


そこで起こるのがボンボンバトルだ。


各々が好きなチョコレートを奪い合う。いたってシンプルに聞こえるが、実は奥が深い。そこには相手の好みを知るという情報戦があり、自分の思い通りにチョコレートを食べるための駆け引きがあり、そしてなによりボンボンショコラに対する知識が必要となってくる。


8ヶ月前の私はボンボンバトルに必要なものを何一つ備えていなかった。その結果、最初に選んだ可愛い見た目のチョコレートは、苦手なウイスキーボンボンだった。それからは地獄のような時間が流れた。ホワイトチョコレート系、ナッツ系、決して嫌いなわけではないけれども満足できるものではなかった。

完敗、その二文字だけが頭に残っていた。



それからのわたしは、来たる日のためにつらくて厳しい修行に明け暮れた。この8ヶ月間、わたしは初めて本気になれるものに出会えたんだよ。
寝食も惜しんで、ひたすらに練習した。成長を感じた日もあった。挫けて投げ出したくなる日もあった。それでも、決して休むことはなくやりきった。ううん、まだまだ全然ダメ。家族のみんなに敵わない部分はいっぱいある。だけど、一筋の光が見えた気がした。私なりの私だけのボンボン。そして私には、秘策がある。


私は静かにその時を待った。
もう、8ヶ月前の私はどこにもいない。
うん、大丈夫。私ならやれるよ。





玄関の扉が開き、物音がこちらへ近づいてくる。
私は閉じていた目を開き、リビングに視線を移した。ママはすでに料理を終えていて、パパは新聞を静かにたたんだ。やっぱりさっきから同じページしか見ていなかったね。
お兄ちゃんが部屋に入ってきて荷物を置くやいなや、口を開いた。

「お、うまそうなチョコレート。開けるよ。」





さあ、闘いのはじまりだ。






つづく。