みさきのらくがき帳

ここはみさきさまの脳内だ

【家族バトル】ボンボン・ショコラ争奪戦に惨敗したJKの話 〜後編〜

お兄ちゃんが包装を解いている。
几帳面さのかけらもない、激しい開封に家族みんなどこか気圧されたように感じた。


大丈夫、ここまでは想定通り。箱が開いてからが肝心だもの。私たちは静かにお兄ちゃんの開封を見守っていた。



ようやく包装が解かれ、箱の蓋が開けられた。
そこには、12個のボンボンショコラが整然と並んでいた。一瞬、時が止まった気がした。


この8ヶ月間、何度もイメージしてきた風景がいま、目の前に広がっている。
わたしはひとつ深呼吸をして、箱の中身を見定める。この中から3つ、好きなものをちゃんと選べるのだろうか。
気を詰めていないと飲み込まれそうになる恐怖を感じた。8ヶ月前には、知らなかった恐怖。8ヶ月間全力を尽くしたからこそ、わたしは怖いと思った。怖くて怖くて、仕方がなかった。


もう一度、深呼吸をした。


四角、ひし形、円柱形。12個のボンボンショコラはシンプルなデザインをしていた。おそらくフランス方式と呼ばれる中身を基準に外側をコーティングする製法のものだ。
見た目が近いため、一見すると中身が分かりづらい。ここは、装飾で判断するしかない。




そんなことを考えていると、
お兄ちゃんが仕掛けた。
誰しもを凌ぐスピードで伸ばされた右腕は、緑色のチョコレートを捉えた。




速い。




でもここまでは予想通り、お兄ちゃんの好物は抹茶だ。好きなものを最初に選ぶのは、速効型のお兄ちゃんらしいチョイスだ。


続いて動いたのは、パパ。

違う、パパが手にしたのは写真付きの説明文だった。
たしかに、説明文を読めばすべてのチョコレートの味を知ることができる。しかし、それでは遅い。ボンボンバトルは、スピードと駆け引きが重要である。その2つの要素から離脱する説明書閲覧は悪手のはず。
なのになぜ、パパがそんな初歩的なミスを…







刹那、説明書が机に置かれた。









速読だ。









なんて速さなの。

普段から、新聞を読んでいるパパだからこそ為せる技。パパに電子版の新聞を勧めても一向に振り向かなかった理由が、今ようやく分かった。読む力の大切さを教えてくれてたんだ。だから、わたしにも家族にも新聞を読めるように紙で購読してたんだ。



全てを知ったパパはどっしりと構えている。




呆気にとられている場合じゃない。
よし、わたしが仕掛ける番だよ。


わたしの先手は、口の中を締める意味を込めてコーヒー豆のガナッシュを狙う。

何度も言うが、これは情報戦だ。ここでコーヒー系を狙ったのも理由がある。今晩のチョコレートのお供はコーヒーだ。これは、母が淹れてくれたものであるが、わたしはしっかりと確認していた。
そして、わたしの家族はみんなコーヒーとコーヒー味のお菓子を一緒には食べない。コーヒー味のお菓子を食べるときは、いつも紅茶を飲んでいる。



だから、コーヒー系は避けるはず。



わたしがコーヒー味と決め打ち最初に手に取った、茶色のラインの入ったチョコレートをほうぼる。







甘い。







これは、







キャラメル味だ。







こめかみに一筋の汗が垂れる。






ママが笑顔をこちらに向けながら
箱の中で一際目立つ
真紅のチョコレートを手にした。







だめ、それは
私が2番目に狙っていたチョコレート。

私のミスを、
嘲笑うかのように、
的確に。

私の心は、見透かされていた。







ママの笑い声が、




パパの満足気な表情が、




お兄ちゃんの五月蝿い動作が、




どんどん遠のいていった。








目を覚ますと、
わたしはベッドの上にいた。

枕元には、
高級感に溢れた四角い箱。
中には、
ちょこんと座った
フランス人形のような
可愛らしく、気品の漂う
チョコレートが2つ残っていた。



私の心を満たすには、
十分すぎる佇まいだった。



わたしが伸びをしていると
わたしの部屋のドアを2回ノックして、
お兄ちゃんが入ってきた。

手にはティーカップ
紅茶を淹れてくれた。






「お前は、勝ったんだな。この戦いに。」




「苦いよ、お兄ちゃん。」




「頑張ったな。」




わたしはお兄ちゃんと一緒に
3つ目のボンボンショコラ
ホワイトチョコレートを食べた。


どこか、しょっぱい
味がした。






わたしの8ヶ月は、
辛くて厳しい日の連続だった。





その修行で見つけた
わたしだけのボンボン。




それは、
すべての味を愛すること。




すべてのチョコレートを
楽しむこと。








おしまい。